思考の整理学 II寝させる

 

 卒業論文を書く学生が相談にくる。

 毎年のように、わたくしは何を書けばいいのでしょう?といってあらわれる学生と付き合っているうちに、自分でテーマをつかむ方法のようなものを教えなくてはなるまいと考えるようになった。

 筆者は、これをビール造りに例えている。麦=素材、発酵素=ヒント、アイデア、があり、寝させる=しばらく忘れる、ことによって化学反応が起こり、ビール=論文、が生まれると述べている。


 ビール造りの中で興味深いのは、寝させる=しばらく忘れる、ことだ。

 すぐれた歴史小説家であるウォルター・スコット、大数学者であるガウス、大科学者ヘルムホルツどれもこの寝させることに長けていた。ある発見をするのは、一晩寝て考えた朝だそうだ。

 「三上」という語がある。その昔、中国に欧陽修という人が、文章を作るときに、すぐれた考えがよく浮かぶ三つの場所として、馬上、枕上、厠上をあげた。これが三上である。この枕上とは、朝、目を覚ましてから、起き上がるまでの時間という意味合いがあり、スコット、ガウス、ヘルムホルツも、枕上の実践家だったことになる。

 どうして「一晩寝て」からいい考えが浮かぶのか、よくわからない。ただ、どうやら、問題から答えが出るまでには時間がかかるということらしい。その間、ずっと考え続けていてはかえってよろしくない。しばらくそっとしておく。すると、考えが凝固する。それには夜寝ている時間がいいのであろう。

 幸運は寝て待つのが賢明である。ときとして、一夜漬けのようにさっさと出来上がることもあれば、何十年という沈潜ののちに、はじめて、形を整えるということもある。いずれにしても、こういう無意識の時間を使って、考えを生み出すということに、われわれはもっと関心を抱くべきである。