その三 オレ、人を殺してもうた

 田村はうなされていた。キミは、プロという言葉の意味をわかっとらん。布団から飛び起きた。なんだ夢だったのか。

 大野事務所に行く道中、昨日大野から言われた言葉が頭の中で反芻する。僕を雇うか否かは今日決めることになったが、雇われるか否かは、自分で決めろとか、プロという言葉を理解していないとか、正直よくわからない。

 「おはようございます」田村は、事務所のドアを開け終わると威勢よく言った。

「先生、昨日の田村さんがいらっしゃいました」

「じゃあ、こっちに通してくれ」

今日は、大野と行動を共にすることになった。大野は田村を観察し、反対に田村は事務所を観察する。

 早速、事務所の一室に大野と行くと、すでに他の職員と客がおり、話合っていた。

「今回の事件の件は、先生たちのお陰で大助かりでしたわ。なんせ、人を殺してしまったんだから」

田村は、耳を疑った。一体、どういうことだ?

 

 この客(庄野さんと言う)は、某会社の将来の経営者だ。たまに会社に顔を出しては、従業員に威張っている現経営者のドラ息子だ。

「すいません、商品の納入に参りました。」

そう言って下請け業者は、荷物を片隅に置こうとした。

「そんなところに置くなや。棚の一番高い所に置いてくれ」

その荷物は重く、また脚立を使用しなければならない。その下請け業者は、棚に荷物を置こうとした瞬間、脚立が倒れて、頭から地面に叩きつけられた。打ち所が悪く、即死だった。


 「いや、あの時は、本当に焦りましたわ。本来なら懲役喰らうところ、先生のお陰で、事件じゃなく事故にするから言うてー」

栄田という大野事務所に所属する職員が、事件、いや、事故があった会社の従業員に因果を含めさせたのだ。

「ところで、亡くなった方の葬式には行きましたか?」職員が庄野に問いかけた。

「そんなん行きゃしません。何言われるかわからんし。目の前で泣かれでもしたら、面倒臭いし」

「えっ、被害者が亡くなってるのに見舞いひとつにも行ってないんですか?」

田村は、堪えきれなくなったのだろう、庄野に向かって訊いた。庄野は、険しい顔になった。

「なんじゃい、この若造は」

「まだ試用期間でして」

大野が割って入った。田村は後になって後悔した。言わなければよかったと。

「なあ、兄ちゃん。オレは、大野先生に多額の報酬を支払ったんやで。大金払ってプロに問題を解決してもらってるのになんで相手に会いに行く必要があるんや」

庄野は居丈高だった。大野に頼みに来た時には、顔を真っ青にしてたくせにである。この態度の変わりようときたら、目に余るものがある。

「今後、この兄ちゃんがオレの担当になるんやったら先生のとこに頼むのやめます」

「まあまあ、この兄ちゃんは正式に採用したわけじゃないですから」

大野がすかさず助けに入った。田村は先程言葉を発して以来、何も言えず黙り込んでしまった。

 「どうだった?」

庄野が帰った後、大野が話かけてきた。

「はい、勉強になります」

「うちはビジネスとして採算が合いさえすれば汚い仕事でも受けるんだ。キミに汚い仕事が勤まるかい?」

「仕事ですから」

「まあいい」

世の中には裏表があり、依頼人が助かったお陰で泣いている者、つまり、被害者がいる。このとき田村は、被害者の惨めさがわかっていなかった。

「どうだ、今日はこれで終わりにして一杯付き合わんかの」

「ありがとうございます」

だが、田村がこの後連れて行かれた先は、飲み屋街ではなかった。