その四 お上御公認のヤクザ

 大野に連れて行かれた先は、住宅地だった。坂を少し上がった場所に目的の住宅があった。田村は、てっきり大野の自宅に行くんだろうと思ったが、そうではなかった。田村は、その住宅に目を向けた瞬間、「はっ」と驚いた。玄関ドアに張り紙がびっしり貼られ、郵便受けの中にはチラシがこれでもかと入れられていた。金返せ!や腎臓売って金作れ!などの文面が目立った。

「こんな張り紙はサラ金規制法で一切禁止されているんだが。」

大野はため息交じりにつぶやいた。だが、実際は違う。悪徳業者は、法に触れないように誰に返すか、つまり、債権者の名を伏せて貼っている。

 その時、住宅の中にある電話からメッセージが流れた。「こちらアリ地獄ローンです。ーまでに返済して下さい。ーそちらに伺い差し押さえをー」しばらくすると、また同じメッセージが流れた。これは、テープだ。留守電のテープがなくなるまで同じ事を繰り返し繰り返し吹き込む。普通の者ならば、それだけで金貸しのしつこさにビビってしまう。借りた金が返せなかったらとことん追い詰められる、これが世の中の現実。行政書士は、そのような様をいつも見ながら仕事をしている。

 黒塗りのベンツが田村らがいる住宅の前に停まったかと思うと、体躯のよいヤクザ風の三人が降りてきて、二人の前へすごすごと歩み寄った。

「おい、お前らここで何をしている」

「いやいや、おそらくおたくらと同業の者だ」

「なんじゃ、アンタらも金貸しか」

 この住宅の主人は、起業後しばらくして亡くなり億近い借金を遺した。この金貸しは、連帯保証になっている女房をしこたまもてあそび美味しい思いをしたみたいだ。

 

 この住宅には、一台のピアノがあった。

「お願いです。これは、娘が産まれた祝いに主人が無理して買ってくれたんです。これだけは持っていかないでください。」

母親の哀願も金貸しには通じなかった。

「やかましい。持って行かれたくなかったら、金返せや。そしたら勘弁してやるわ」

「お金はなんとかしますから。主人が死んでから娘もこのピアノを大切に思ってるんです」

母親はすがる思いだった。

「しつこいぞ、ええかげんにせいや」

貸金業者は、つい手が出てしまったが、母親が何の抵抗もしないのを見るや一安心した。

「やっと、この娘もピアノが弾けるようになったんです。せめて、一曲だけでも最後に娘に弾かせてやってください」

貸金業者は、母親がまだ下手に出てくることにつけ込んでこんな提案をした。

「じゃが、あんたの願い事を聞いたら、あんたもワシらの願い聞いてくれるんか?」

母親は、貸金業者の嫌らしい言い方と目付きで大体察しがついた。娘が一曲弾き終わるや否や、母親は、貸金業者に黒塗りのベンツの中へと連れていかれた。


 「借金背負った女は、なんでも言うこと聞くで。ケツの穴なめさすのも縛るのも思いのままじゃ。兄ちゃんも好き放題出来るで」

この言葉に、咄嗟に田村が反応した。

「僕は、そんなことしたくもない。アンタらなんかと一緒にしないでくれ」

貸金業者が一斉に押し黙った。三人のうちのボス格の人物が、田村の胸ぐらを鷲掴みにした。

「人がこの業界について教えてやっとんのにその言い方はなんや。おぅ、コラ。なめとんのか」

「まあまあ、若造の言うことじゃ。許してくれんかの」

大野は、冷静な口調だった。

「こら。おっさん、その手を離せや」

刹那、ボス格の人物の表情が恐怖に引きつった。視線の先は、大野の胸元にある秋桜バッチを捉えていた。これは、行政書士を象徴するものだ。

「はよう手を離したほうがええじゃないんかの?」

「おい、帰るぞ」

ボス格の人物は、田村の胸ぐらから手を離して、恨めしそうに踵を返し始めた。大野は、さらに言い放つ。

「彼の胸ぐら掴んどいてそのまま帰るんか?一言謝って帰るべきじゃないんかの」

後ろを振り返り、舌打ちしながらも、田村に向かって謝った。

「いやぁ、兄ちゃん。手荒なことして悪かったな。まぁ、こらえてくれや」

帰り際、他の貸金業者二人は、ボス格の人物に向かって何やら話し始めた。

「なんで、一発なぐらなかったんですか?らしくない」

「ほんまじゃが、ケジメがつかんですが」

「やかましい!あのオヤジのバッチに気がつかんかったんか!ありゃあ、ワシらと同業なんかじゃないで、法律家じゃ!ええか、法律屋っちゅうのはお上御公認のヤクザなんじゃ。あいつらと揉めてみいや。ロクなことにならん」

 貸金業者が帰った後、田村らはタクシーを拾った。これで今日一日終わりだと思い、息を吐こうと座席に身を沈めようとしたら、大野が運転手に向かって、次の行き先を告げた。

「流川という所に行ってくれるかの」

田村は、まだ何かあるのかと思った。