フィクション 妻に頼まれて

 自動車に揺られながら幼少である私は、助手席で貪欲なまでに眠っていた。ようやく、その眠りから目覚めると、運転席に座る父に目を向け、口を開いた。

「父ちゃん、喉渇いた」

「・・・・・・」

 父は、無言だった。手前にはドリンクホルダーに缶ジュースがあった。

「飲んでいい?」

 すると、今まで無言だった父が私の顔を見てゆっくり頷いた。父からは何か嫌な臭いが身体中から漂っていた。

 それを無造作に手に取り、喉が渇いていた私は、勢いよく飲んだ。喉がカラカラに渇いていたので、若干甘さを感じたが、口全体に苦さが充満していく。

「苦いよ、父ちゃん」

「・・・・・・」

 自動車は海岸線沿を走っており、左手には夏の海が太陽に照らし出されて波が反射していた。潮干狩りにでも行くのかな。それなら母も一緒だし、違うな。父がどこへ何をしに走らせているのか分からなかった。

 自動車がカーブのたびに後ろの方で何やらカラカラと音が鳴る。気になった私は、後ろを振り向いた。そこには、空の同じ缶のジュースが大量に転がっていた。